生きてはいない、ただ死んでないだけ

ただ「死んでない」だけの誰得なブログ

強者の流儀4

 プロの格闘家と一般人の違いは「リング上で死ぬ可能性がある事だ」と強く述べた上で、朝倉選手は ”死” について話している。

 

  これは僕に限ったことかもしれませんが、僕にとって、死とはご褒美です。なぜなら、生きているとその為にしなければならないことがあって、それがつらいと感じるからです。

 朝、起きなければいけないし、起きたあと色々準備をして、働いたりしないといけない。僕は今楽しく生きていますけれど、それでも生きているだけでやらなければいけないことがあるという点は、変わっていないですね。

 でも、死んだら全部終わりですからね。死んだ後のことを考えて何かしたりする人もいると思いますけど、死んだあとのことは自分には関われない事なので、本当におしまいです。

 (中略)

 僕はリングに上がったら死ぬかもしれない。でも、それは死ぬためにやっている訳じゃない。生き残るためにリングに上がっているんです。その挑戦の結果死ぬことになったら、仕方ないことだと思っています。

 (中略)

 ではその恐怖をどう乗り越えるかというと、まさに「死ぬ気でやる」ということですね。開き直っちゃう。だから、死ぬことも怖いし、負けるのも怖いと思うようになると戦えなくなってしまう。

 本当に死んでもいいと思っているからこそ、心の底から開き直れるのだと思います。死んでもいい、どんな怪我をしてもいいから、リング上では死ぬ気でやろう。その気持ちが背中を押してくれる。

 開き直ると、僕は生を感じます。死ぬことを実感するとき、生きていることもまた実感できるんです。

 

 

 最近「もし自分が今死んだらどうなるんだろうか」と、ふと考える事がある。

 

 自分は独身で子供もいないし、結婚する予定はおろか好きな人もお付き合いしてる人もいない…

 親には生命保険でお金は入るし、目標とか情熱を注げるようなことも今のところは特にない…

 会社だって自分の後にまた新しい人が来て同じ業務をこなして穴はすぐに埋まるし、別に世界がどうこうなることもない…

 このまま生きていてもいずれは親に先立たれ、孤独死するのは目に見えている…

 

 そんなことを考えていると、

 

 このまま生きていて意味があるのか?

 

 

 とか、

 

 

 "自分" という存在に意味があるのか?

 

 

と思えて、なんだか急に"生" が感じられなくなっていく。

 

 実際、日常で「死にたい」と思うことは何度だってあるし、自分も正直「いつ死んだっていい」と思っている。

 

 

 

 だから、この「死」に対する朝倉選手の考え方には、すごく共感する部分があった。

 

 

 確かに、死んでしまえば色んなしんどいことも頑張らなくていい…

 

 そういった意味では自分みたいなヤツにとっても、死は「ご褒美」なのかもしれない…

 

 

 

 けど実際には自殺する勇気なんてあるはずもなく…

 

 

 窒息しないように息をして、せっせと食料を買うためのお金を稼ぎ、餓死しないように食事をして、排泄をして睡眠をとる。

 

 今の自分の生活を因数分解していくと、結局残ったのはこれだけ…

 

 単に生命の維持に、最低限必要な行動を毎日繰り返しているだけだ...

 

 

 

 

 

 なんて中身のないスッカスカな人生なんだろうか!

 

 

 

 

 

 

 思わず「英語の教科書に出てくる感嘆分の和訳」のように叫びたくなってしまう。

 

 

 

 

 だけどこの章を読んでいくと、僕の「死んでもいい」と朝倉選手の「死んでもいい」は全く本質が異なるものだということに気付かされる。

 

 

 朝倉選手のそれが戦場に赴く武将のような命を賭した人生への「覚悟」だとするなら、僕のそれは牢屋で死刑執行を待つ死刑囚のような人生への「諦め」…

 

 

 

 ……もはや一緒にすることすらおこがましい。

 

 

 

 別に「世界一になる」とか「有名になる」とか「名前を残す」とか、そんな大それたことじゃなくていい…

 

 

 「くだらない事でも誰にも真似できないほど極め尽して周りを驚かせる」とか、「周りも見えないくらい夢中になって打ち込んだもので感動させる」とか、「自分にしかできない何かで誰かを喜ばせる」とか…

 

 せっかく縁があってこの世に生を受けたからには、そんなことを1つでもいいから成し遂げてみたいと思う自分が何だかんだいる。

 

 だからこの「死んでもいい」は、いつかそんな ”自分にしかできないこと” が見つかった時、「死ぬ気」でやるために取っておく。

 

 

強者の流儀3

 第二章で朝倉選手は、勝利の秘訣は「臆病に考える」ことだと述べている。

 

 試合が決まるということは対戦相手が決まるということなので、その相手に勝つことを目的として練習します。

 その際にいつもしているのは、相手を過大評価するということです。

 本当の実力は、正直、試合の映像を見ればわかってしまうのですが、それでもそれより相手を強く見積もっておきます。そうすると、試合後に「こんなものか」と思うのですが、その状態こそが勝利の秘訣です。

(中略)

 人間というのは甘い生き物なので、何かを達成しようとした時に、そこをゴールに設定しても届かないんですよ。そこで目標をちょっと高めに設定しておくと、現実でしっかりゴールすることができる。

(中略)

 こうしてみると、本当の敵は対戦相手ではなく、慢心や油断を誘ってくる自分自身の弱さだということになりますね。

 

 いつも朝倉選手は試合後のインタビューなどでも、自信を持った発言をしている事が多いので、そういう考えを持っているのは個人的に意外に感じた。

 ただそういった発言も、より強い相手を想定した上でハードな練習を自らに課し、それを乗り越えたという自信があるからこそなのだろう。

 

 残念ながら自分には、具体的に成し遂げたい事や目標といったものはない…

 だけど、もし仕事とかダイエットとか貯蓄とか、とにかく何か一つでも達成したいことがある人は、実際の目標よりも高めに設定してそこを目指してみるという方法も試してみてもいいのかもしれない。

 

 そして戦う相手は「会社の同僚」でも「たるんだ脂肪」でも「お隣の奥さん」でもない…

 

 いつだって本当の敵は「自分自身の弱さ」なのだ。

 

 

強者の流儀2

自分はいわゆる「八方美人」と言われる人間だ。

 

人によって意見はコロコロ変えるし、答えを求められても無難な回答しかしないし、自分の考えは二の次でとにかく相手の意見に合わせる…

 

朝倉選手はそうした「八方美人」は自分がぶれてしまっているので、強者の流儀に反すると述べている。

 

 最近の若い人たちを見ていると、軸がない、と思うことが多々ありますね。多数派の意見に流されがちと言うか。

 自分で判断するっていうことをもっと大切にしないといけないと思います。

(中略)

 周りの目を気にして言いたいことが言えないということは、自由じゃないということです。

 そして、往々にして自分がやりたいことができていないでしょうから、自分がぶれてしまっているということでもあると思います。

 なぜ人の目を気にしてしまうかというと、八方美人だからです。

 八方美人だから、あらゆる人から嫌われたくないということで、その場に合わせた態度を取ってしまい、結果的に一貫していない行動や言動を取ったりすることになってしまう。

 僕は、八方美人になりたくない、と思っています。

 八方美人で自分の軸を貫くということはできないからです。

 

世界は様々な考えや価値観を持つ人間の集合体であり、その全員から賛成される考え方や答えというものは恐らく存在しない。

”黒”が好きな人がいれば”白”が好きな人もいるし、石橋を”叩いて”渡る人もいれば”走って”渡る人だっている…

 

「他人に嫌われたくない」

そう思うのは悪いことではない。

 

自分もいつからか気付いた時には、異常な程に他人の目ばかり気にするようになっていた。

自分でも何がきっかけでそんな性格になったのかは分からない。

 

結局この歳まで八方美人を続けて得られたのは、「八方美人になっても、何一つ良いことはない」という結論だけだった。

 

反町隆史じゃないが、”言いたいことも言えない”で”POISON”は溜まる一方だし、苦手に感じる人から親近感を持たれて余計に疲れるし、自分が傷付いて損はするし…

 

何より自分の考えや信念、価値観がどんどん薄っぺらくなって自分を見失いそうになる。

 

最近、何だか「自分」という存在が何なのかよく分からなくなっていた事もあって、この言葉はグサリとくるものがある..

 

 

強者の流儀1

総合格闘技

 

リングの両者が打撃や寝技などを駆使して戦い勝敗を競い合う、まさに強さの “象徴“ ともいえるスポーツ…

 

そんな格闘技界で今、カリスマ的な存在になっているのが朝倉未来選手である。

 

朝倉未来選手は総合格闘家として2018年のRIZINデビュー以来「全戦全勝」という戦績を上げている。

またリングの上で活躍する一方で、YouTuberとしても活動しており、その登録者数はチャンネル開設から半年で50万人を超え、現在は100万人を突破している。

 

「強さ」とは何か…

「強者」とはどんな人物なのか…

 

今回はそんな格闘家としてもYouTuberとしても成功した朝倉選手の哲学や考え方を学ぼうと思う。

 

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はじめに、第一章で朝倉選手は「強さ」についてこう述べている。

 確かに、格闘技の試合に臨む上で求められる強さと、日常生活の上での強さは、ちょっと毛並みが違います。

 ですが、実はその両方に共通する重要なポイントがあるんです。もしかしたらそれは、あらゆる場面・あらゆる人に対して共通するものかもしれない。

 それくらい僕が重要だと思っているポイントがあります。

 それが、自分を客観視する、ということです。

 自分を客観視できれば、自分の強みや弱みを的確に把握できます。

 孫子の言葉に「敵を知り己を知れば百戦殆からず」というものがありますが、敵を知るだけでなく、自分を知ることがとても大切です。

 自信を持つことは大切なんですが、自分の強みばかりに目を向けて、俺は最強だ、なんて思い込んでいるのは過信です。そうすると自分の弱点を突かれて敗北なり失敗なりをしてしまいます。しかも、その原因である弱みから目を背けているから、改善ができない。

(中略)

 強い人は自分を客観視できますが、むしろ強くなるために、自分を客観視する必要があるんです。

 

自分を “客観視“ するということはとても難しい。

勿論、格闘家にとってリング上の自分を “客観視” できるかどうかは勝敗を決める上での大きなファクターになるに違いない。

相手との距離感や自分の立ち位置、この体勢だったらこの技が有効だとか、そういうセコンドのような視点を持って、戦えるかどうかは格闘家にとってとても重要なんだと思う。

 

自分は格闘家ではないし、朝倉選手のように華麗な打撃で相手を倒して観客を盛り上げれるような「強さ」はない。

 

だけど普段の日常生活や仕事においてもまた、リングの上とは違う “客観視“ が必要である。

 

自分が気付いていなくても周りからするとそれがもの凄い能力や長所だったりする事もあるし、あるいは自分が正しいと思い込んでいる事が周りからしたら間違っている事もある…

誰しも自分が正しいと思いたくなるのが当然だし、何事も自分を中心にして考えがちになるものだ…

 

だからこそそう考えがちな自分を “客観視” した上で、自分とは異なる意見も取り入れてみたり、正しいと思っている事に疑問を持ってみる…

 

まずはそういう「強さ」から、身に付けていきたい。

 

 

強者の流儀

強者の流儀

 

 

 

笑顔3

その変身シーンはEPISODE 2「変身」で訪れる。

 

EPISODE 1でも既に変身はしているが、この時のクウガは雄介の感じ取ったイメージの紅い姿ではなく白い姿であった。

 

 

グロンギによって悲しみに暮れる人々の姿を目の当たりにして怒りに打ち震える雄介…

 

そんな中、第三号を追っていた一条薫が、逆に窮地に追い詰められてしまう...

 

一条の後を追って教会に入った雄介は、みんなの笑顔を守るために遂にグロンギと戦う覚悟を決める…

 

この時の雄介のセリフがとても印象的である。

 

こんな奴らの為に...これ以上誰かの涙は見たくない!

 

みんなに笑顔でいて欲しいんです!

 

…だから見ててください!

 

 

 

俺の...変身っ!!

 

 

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燃え盛る炎をバックにポーズを決めるオダギリジョーさんがカッコよすぎる…

 

 

 

 

その強い決意に応えるかのように、打撃を加える雄介の身体がみるみるうちに変身していく…

 

そこには紅い鎧を纏ったクウガの姿が…

 

雄介が初めて真のクウガに変身した瞬間である…

 

この「身体が順番に変身していく」という演出は当時、衝撃的なものだった。

 

初めてこの変身を見た当時は、興奮の余りテレビの前で発狂していたのを今でも覚えている。

 

 

 

 

確かに特撮やヒーロー映画というものは、結局最後にはどんな "悪" にも勝ってしまう。

 

僕の祖母が大好きな「水戸黄門」だってそう...

 

結末なんて分かり切っている...

 

 

 

 

 

 だけど残念なことに、そう上手くいかないのが我々が生きる「現実」である。

 

 

そして形は違えどこの世界にも"悪" は存在するし、現実では "悪" に屈してしまう場合が多いだろう...

 

 

パワハラ、誹謗中傷、いじめ、詐欺、裏切り...

 

近頃はそんな "悪" に屈してしまう人たちの事をよく耳にするような気がする。

 

確かに "戦い" に何度も挫けそうになって、逃げ出したくなる時もあるかもしれない…

 

だけどその "戦い" から逃げたとしても、結局はまた別の "戦い" が僕たちを待っている...

 

現実もまた "戦い" の連続だ。

 

だけど「仮面ライダー」は、 "戦い" から決して逃げる事はない。

 

 

たとえ

 

どんな強敵が現れて…

 

多くの敵に囲まれて…

 

どんなに自分が傷ついて…

 

どんなピンチに陥っても…

 

何度だって立ち上がり、敵に立ち向かう戦士だ。

 

 

さすがに

 

「人々の笑顔と平和の為に...」

 

...と言ったら、かなり大げさだけど。

 

 

「大切な人の笑顔の為に...」

 

 

そうやって立ち上がろうとする時、おっさんになっても力と勇気を与えてくれる…

 

 

まぁ、僕にとって「仮面ライダー」とはそういう存在なのだ。

 

EPISODE 2 変身

 

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超変身!!

 

笑顔2

それまでの仮面ライダーはエピソード毎に新たな怪人が出てきて、怪人を倒して終わるという戦闘がメインとなる構成であった。

 

しかし、この「仮面ライダークウガ」ではドラマのような構成になっていて、これは今のライダーシリーズの構成にも繋がっている。

 

主人公である雄介が「クウガ」として強くなっていく姿、周りとの関わりを通じての心境の変化、クウガとして戦う雄介を支える人たちの苦悩など...

戦闘シーン以外の人間模様や心情描写も多く描かれている。

 

その為、基本は ”2話構成” というスタイルでエピソードによっては怪人との戦闘がほとんどない場合もあったりするが、どれもクウガの物語には欠かせないエピソードであり、戦闘シーンも少なすぎるという事もない。

 

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沢渡桜子役の村田和美さん。当時、小学生ながら「この世にこんな美人が存在するのか!」と衝撃が走った。

 

 

それ以上に大きな革新となったのは、その「変身シーン」だ。

 

 

 悪の組織はいつも突如として、この世に現れる。

怪人たちはその強大な力を振りかざし、人々を恐怖と混乱に陥れ、時に大切な人の命まで無慈悲に奪い去る…

 

そんな強大な力に立ち向かうため、仮面ライダーは「変身」して怪人たちと戦う。

 

この変身シーンは主人公がポーズを決めると演出の映像が入り、その姿がライダーに変わっているというもので、その映像は同じ物が使い回されるのが普通だった。

 

ただ、これは製作の都合を考慮するとやはり仕方のない事であり、ある意味で特撮に付きまとう一種の「宿命」でもあった。

 

ところが、仮面ライダーの歴史はこの「クウガ」の誕生とCG技術の進歩によって、その「宿命」から遂に解放される事となる...

 

 

笑顔1

仮面ライダー...

 

これまで幾度となく我々の命を脅かす悪と戦い、地球の平和と人々の笑顔を守り続けた孤高の "戦士” ...

 

その歴史は昭和の1号ライダーに始まり、これまでに数多くのライダー達が登場した。

 

 

その中でも "平成ライダー1号" となる「仮面ライダークウガ」が僕は大好きなのである。

 

 

勿論、理由としては単に世代だったという事もあるが、この「仮面ライダークウガ」はこれまでのライダーシリーズの概念の多くを覆した、ライダー史におけるいわば ”ターニングポイント" となった作品でもあるからだ。

 

物語は、長野県のとある山中から謎の遺跡が発掘されたことから始まる...

遺跡から発見された棺の蓋を開けたことで、現代に蘇った謎の存在によって調査団全員が殺害されるという事件が発生する。

城南大学大学院生で考古学の研究をしている沢渡桜子が現地のメンバーに連絡を取った際に突然連絡が途絶えたため、そこに居合わせていた冒険家・五代雄介は様子を見るために現場に急行する...

雄介は遺跡に入ろうとするものの、事件の捜査に当たっていた長野県警の一条薫に引き止められてしまう。

しぶしぶ引き返そうとしたその時、捜査で押収されたベルト状の遺物から突如、雄介は「戦士」のイメージを感じ取る。

 

その後、警察署で現代に蘇った怪人「グロンギ」に遭遇してしまう雄介...

目の前でグロンギによって次々と命が奪われていく...

遺跡で感じ取った「戦士」のイメージを頼りに、咄嗟にベルト状の遺物を装着した雄介は「クウガ」に変身する...

 

 

大切な人たちの笑顔を守るために…

雄介は「仮面ライダークウガ」となって、怪人「グロンギ」と戦う事を決意する。

 

 

 

深まる遺跡の謎...

 

グロンギ」はなぜ人間を狙うのか...

 

そして「クウガ」という存在は "正義" か、それとも "悪" か...

 

雄介の戦いが、今始まる…

 

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A New Hero. A New Legend.